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雑学

【測候所の雑学】8月30日は富士山測候所記念日!〜今日は何の日?

8月30日・富士山測候所記念日

8月30日は【富士山測候所記念日】です!
気温や風、雨などを観測する測候所は、天気予報や災害への備えを支える重要な役割を果たしてきました。

なぜ8月30日が【富士山測候所記念日】といわれるのかという由来・理由や、「測候所」に関するプチ雑学をまとめました。

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富士山測候所記念日の由来・理由

1895年8月30日に気象学者の野中到が私財を投じて富士山頂の剣ヶ峰に建設した気象観測所が完成し、中央気象台へ完成を報告したことにちなみ、8月30日は「富士山測候所記念日」とされています。

ちょこっとメモ

野中到は同年10月から冬季の富士山頂で気象観測を行い、後には妻の千代子も観測を手伝いました。現在の山頂では「富士山特別地域気象観測所」として自動観測が続けられています。

測候所に関するプチ雑学・トリビア

測候所は、各地の気象を継続的に観測し、そのデータを天気予報や防災、気候の研究などに役立ててきた施設です。
現在は観測機器や通信技術が進歩し、かつて人が常駐していた施設の多くが自動化されるなど、その姿も時代とともに変化しているようですよ!

ここからは、そんな測候所に関する雑学をいくつかご紹介します。

明治時代には全国各地に測候所が作られた

日本の近代的な気象業務は、1875年に東京気象台で気象観測が始まったことから本格化しました。

農業や海難防止などのためにも気象観測の重要性が認識されるようになり、その後、全国各地に測候所が設けられていきます。
当時は国が設置する施設だけではなく、府県立や私立の測候所も存在していました。

全国で観測された気象データは、当時の最新通信手段だった電報を利用して東京気象台へ。
その情報を使って1883年には天気図の作成と暴風警報の発表が始まり、1884年には日本初の天気予報も発表されています。

つまり、現在の全国的な天気予報も、各地の測候所から観測データを集める仕組みを作ったことから発展してきたんですね。

昔の天気予報を支えたのが、コンピューターやインターネットではなく、観測員と電報だったというのも時代を感じます!

測候所では気温だけを測っていたわけではない

気象観測というと、まず温度計を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

しかし気象庁の地上気象観測では、気温のほかにも気圧、湿度、風向、風速、降水量、積雪の深さ、日照時間など、さまざまな要素を観測しています。

これらのデータは、それぞれ単独で使うだけではありません。
複数地点の気圧や風、気温などを組み合わせることで、低気圧や前線の位置、雨や雪の状況などを把握し、天気予報や注意報・警報へ役立てます。
さらに長期間にわたって観測を続ければ、「昔と比べて気温がどう変化したか」といった気候変動の分析にも利用できます。

毎日表示される最高気温や降水量の数字も、一つひとつの観測を長年積み重ねた記録の一部なんですね。
天気予報を見るときは、気温だけでなく風や気圧、雨量などにも注目すると、空模様をより深く楽しめそうです。

昔は人が観測していた仕事も機械化されている

現在は気温や風速などが自動的に表示されるのが当たり前ですが、昔の測候所では観測員が実際に測器を確認し、記録する仕事が数多くありました。

その後、気象観測装置や通信技術が発達し、気温、降水量、風向・風速などを機械で自動観測し、すぐにデータを送信できるようになります。
気象庁では1996年度以降、測候所の自動観測システムを整備し、順次無人化を進めました

無人化された測候所の多くは「特別地域気象観測所」へ移行し、職員が常駐しなくなっても観測そのものは続けられています。

つまり、「測候所が無人になった=その場所で気象観測をしなくなった」という意味ではないんですね。

現代の天気予報では、こうした自動観測のデータに加え、気象衛星、レーダー、アメダスなど膨大な情報が利用されています。

人が毎回目盛りを読んでいた時代から、自動で全国の情報が集まる時代へと、測候所の仕事も大きく変わってきたんです。

山の上の測候所は高い場所の大気を知る手掛かりになった

明治時代には、地上だけでなく標高の高い場所で気象を観測することにも大きな関心が寄せられていました。

標高が変わると気温や気圧、風などの状態も変化します。
そのため山頂で継続的に観測すれば、平地だけのデータでは分からない高い場所の大気の状態を調べることができます。

富士山でも1880年代から夏季を中心とした気象観測が試みられ、1895年には野中到が私財で山頂に観測所を建設し、冬季観測へ挑戦しました。

現在のような断熱性の高い建物や便利な交通手段がない時代に、標高3,700メートルを超える山頂で冬を越しながら観測を続けることは非常に過酷でした。
それでも高山での観測が求められたのは、天気をより正確に理解するため、高い場所の大気を知る必要があると考えられていたからなんですね。

現在では気象衛星や気球、航空機などさまざまな方法で上空の情報を得られますが、昔の山岳観測はその発展を支えた大切な挑戦でした。

富士山測候所では巨大な気象レーダーも活躍した

富士山測候所は、山頂で気温や風を観測するだけではなく、かつては世界最大級の巨大な気象レーダーでも知られていました。

富士山レーダーは台風などを広い範囲で監視するために活躍し、長年にわたって気象観測を支えました。
その後、気象衛星や各地のレーダー網が発達したことで役割を終え、1999年11月1日に運用を終了しています。

富士山測候所そのものも、観測技術や通信技術の進歩によって2004年10月1日に有人観測を終了し、72年間続いた職員の常駐に幕を下ろしました。

ただし現在も富士山の気象データは自動観測され、気象庁の「過去の気象データ検索」でも富士山の観測記録を確認できます。

測候所は建物そのものが目的なのではなく、その時代に必要な方法で正確な気象データを集めるための場所なんですね。
昔の有人観測、巨大レーダー、そして現在の自動観測と、富士山の測候所は日本の気象観測技術の変化を象徴する存在ともいえそうです。

まとめ

8月30日の【富士山測候所記念日】。

1895年8月30日に野中到が富士山頂へ私財で建設した気象観測所が完成したことにちなむ記念日でした。

測候所は各地の気温や風、気圧、雨などを長年観測し、天気予報や防災を支えてきました。
今日は天気予報を見るときに、自分の地域の気象データがどこで、どのように観測されているのか調べてみてはいかがでしょうか。

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