10月9日は【塾の日】です!
分からなかったことが「分かった!」に変わる瞬間は、いくつになってもうれしいものですね。
なぜ10月9日が【塾の日】といわれるのかという由来・理由や、「塾」に関するプチ雑学をまとめました。
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塾の日の由来・理由
「じゅ(10)く(9)」の語呂合わせから、全国学習塾協会によって10月9日が「塾の日」と制定されました。
学習塾が社会に正しく理解され、信頼されることを目指して設けられた記念日です。
塾に関するプチ雑学・トリビア
塾は、学校とは別に学びを深める場。受験を見越して通う子供達も最近はとても多いですよね。
そのルーツをたどると、江戸時代の寺子屋や私塾など、多様な学びの場が見えてきます。
ここからは、「塾の日」にぴったりな塾の雑学をいくつかご紹介します。
寺子屋の先生は、お坊さんばかりではなかった
現代の塾の元となった「寺子屋」について、その名前からお寺のお坊さんが教えていたイメージはありませんか?
文部科学省の資料によると、全国で見ると師匠は平民が最も多く、武士や僧侶がそれに続きました。
神官や医者が開く寺子屋もあったそうです。
寺院教育を母体に生まれたため「寺子屋」と呼ばれましたが、江戸時代後期には地域のさまざまな人が教える場へ広がっていました。
名前はお寺でも、先生の顔ぶれは実に多彩だったんですね。
現代の地域塾にも通じる親しみやすさを感じます。
寺子屋では、一人ひとり違う手本で学んだ
寺子屋の中心科目は「手習」、つまり文字を書く練習でした。
師匠が書いた手本を見ながら、いろは、数字、方角、町名や村名など、暮らしに必要な内容を覚えます。
地域や家業に合った教材を使う、実用重視の学びだったそうですよ。
寺子屋で学んだ代表的な内容
- 手習:文字を書き写して覚える
- 読物:往来物などの教材を読む
- 算用:暮らしや商いに必要なそろばん・計算を学ぶ
全員が同じ教科書の同じページを一斉に学ぶ授業とは、少し違うスタイル。
師匠が寺子の進み具合に合わせて手本を与えるため、個別学習に近い面がありました。
最近増えてきたように思う多様性重視の学び方。しかし昔の教室にも「その人に合った学び」があったんですね!
そろばんのベストセラー教科書があった
江戸時代、商いが発達すると、読み書きと並んで計算の力が重要になりました。
その代表的なそろばん書が、江戸初期に作られた算術書「塵劫記(じんこうき)」です。
人気が広がり、のちには「何々塵劫記」という名前の本が数多く作られました。
やがて「塵劫記」といえば珠算教科書を指すほど、名前が定着したそうです。
現代でいえば、一冊の参考書がジャンル名のように使われた状態。
江戸の計算ブームを支えたロングセラー教材だったと考えると、ぐっと身近に感じますね◎
寺子屋の広がりが、近代の小学校を支えた
寺子屋は江戸時代中期以降に発達し、幕末には都市だけでなく農山漁村にも広がりました。
庶民の子どもが読み書きを学べる場所が、全国各地にあったということ。
明治5年に学制が発布されたあと、小学校を短期間で全国へ広げられた背景にも寺子屋の普及がありました。
新しい学校制度が突然ゼロから生まれたわけではありません。
地域で学ぶ習慣や教える人、教材が積み重なっていたからこそ、次の時代へつなげられたのです。
昔の私設教室が、近代教育の土台の一つになったとは驚きですよね!
まとめ
10月9日の【塾の日】。
「じゅ(10)く(9)」の語呂合わせから、全国学習塾協会によって制定された記念日でした。
江戸時代の寺子屋では多彩な師匠が実用的な読み書きや計算を教え、その広がりは近代の学校教育にもつながりました。
今日は昔と今の学び方を比べながら、自分が次に知りたいことを一つ見つけてみてはいかがでしょうか?
